
陰暦6月1日。
昼、気分転換にハンズにてキーホルダー購入。これまでオープンタイプのホルダー(というかただの工具)を使っていたのだが、今回は革製のケースにしてみた。
買ってから気付いたのだが、今使っている名刺入れと同じ、「ESZETTER」というブランドだった。私は大道具も小道具も四角くてツルッとした簡素な見た目のものを選ぶことが多く、このブランドはまさにそういう傾向にあるらしい。
終業後、事務所に残って勉強。帰宅後、アイロンなど。
本日のランチ。先日と同じクロックムッシュと、ベリーのデニッシュ。タルトほど強烈なボリューム感はなく、でもしっかりベリーが味わえる。ただしフォークではなく手づかみで食べることになる。用心して平らに保たないと果汁など垂れてきたりするので、人前だとちょっと恥ずかしい。今日はたまたま昼時一人で助かった。
陰暦5月29日。
昼食を挟んで、キャッシュフローについて、また事業の今後について打ち合わせ。基本的に、当面じっとガマンの子がよかろう、ということに。
午後、来客。来るたびに政治、業界の話を一時間くらいして帰る、一種の名物おじさんである。話の長いおじさんというものはあまり好きではないが、この人は別。いつも何かを憂れいているような八の字まゆげ(実際憂国の士なのだが)を見ているだけで、なぜか心が和む。
寝る前、「男はつらいよ」見る。
2008年113本目。1969年、山田洋次監督。渥美清、光本幸子、倍賞千恵子、他。
以前どこかで目にした山田洋次の談話によると、本作の以前、山田洋次脚本によるテレビドラマ版「男はつらいよ」が放映されていたそうな。最終回で一儲けたくらんで奄美大島に行った寅さんはハブに噛まれてあえなく頓死、この結末に視聴者から抗議が殺到したことが、映画化につながったという。
しかし当時の松竹幹部はテレビドラマの映画化など当たらないと思っており、山田洋次が社内の反対を押し切って製作する形となった。それだけに監督はこの作品に全精力を注ぎ込んだという。
なるほど、筋だけ考えても、20年ぶりの寅次郎の帰還、妹さくらの見合い、寅次郎と冬子の再会(於奈良)、博と寅次郎の対決、博の恋、博とさくらの結婚、博とその父の和解、寅次郎の失恋、などなど、91分の映画とは思えないほどエピソードが満載されていて、見応え満点である。(またそのため、シリーズ化されてから監督は毎回「空雑巾をしぼるような」苦しみを味わったという。)
中で私が特に好きなのは、諏訪
僕の部屋から、さくらさんの部屋の窓が見えるんだ。朝、目を覚まして見てるとね、あなたがカーテンを開けてあくびをしたり、布団を片付けたり、日曜日なんか楽しそうに歌を歌ったり、冬の夜、本を読みながら泣いてたり。工場に来てから三年間、毎朝あなたに会えるのが楽しみで、考えてみれば、それだけが楽しみで……
陰暦5月28日。
2008年も今日から下半期。宅建の申し込みも始まった。
終業後、私の両親と我々夫婦、四人で会食。町田の「花見灯篭」にて。
陰暦5月27日。
往途、『出る順宅建 ウォーク問過去問題集2 宅建業法』、一度目終わる。
昼、ローンの事前審査に必要な書類をまとめ、宅急便で送る。昨日、資料が多くなるだろうからと担当の人が大きめの封筒をくれたが、決算書類が計12部になったのでそれでも到底追いつかず、事務所近くのヤマトのサテライトセンターで一番大きい袋をもらい、それで出すことになった。送られた方は大変だろうが、付箋を使って書類を整理する作業はなかなか楽しかった。
終業後、仏教入門十回目。早いものである。
2008年36冊目。2008年。(株)東京リーガルマインド。
法令上の制限などと比べ、普段の業務とより密接な分野なので多少なりとも出来が良いのではないかと思っていたが、正答率はほぼ一緒だった。どんどん小さくなってゆく望みを、いじましく延々と持ち続けてしまう受験生の心理は、なんとなく「アキレスと亀」を連想させる。しかし彼らの競争と違って、残り時間は確実に減ってゆく。
陰暦5月26日。
午前中、再度マンションギャラリーへ。部屋などほぼ決定し、ローンの事前審査の手続きを教わる。いずれ住み替えたいと思っていたものの、こう急に話が進むとは、一昨日までは思っていなかった。縁と勢いのなせるわざである。
雨が激しいこともあり、午後以降在宅。「ジャコ萬と鉄」、「ブラザー・サン シスター・ムーン」見る。
2008年111本目。1964年、深作欣二監督。高倉健、丹波哲郎、山形勲、他。
終戦間もない頃、北海道の神威岬。出稼ぎの漁師を大量に雇い、ニシンの到来を待ちわびる九兵衛親方(山形勲)は、雇った漁師の中に「ジャコ萬」と呼ばれる巨漢(丹波哲郎)がいるのを知って仰天する。九兵衛には終戦のどさくさの中、樺太でジャコ萬の船を盗んで北海道へ逃げ帰ったという前科があったのである。
ジャコ萬はタコ部屋の二階を占領し、朝な夕な酒を飲みつつ、仕返しを企んでいる様子。不安ながら、腕っぷしの強いジャコ萬に手が出せず頭を抱える九兵衛の元に、南方で戦死したと思われていた長男の鉄(高倉健)が、ひょっこり帰ってくる……。
かつて新文芸坐で本作を見、若き健さんのパワフルでお茶目なキャラクターや、健さんと丹波哲郎がコブシとコブシで語り合うという少年漫画のような描写に魅了されたものである。今回も基本的な印象は以前と変わらず、楽しめた。現在のところ深作監督の作品で最も好きな一本であり、健さん出演作の中でも、「網走番外地」と共に双璧をなす。
2008年112本目。1972年、フランコ・ゼフィレッリ監督。グラハム・フォークナー、ジュディ・バウカー、アレック・ギネス、他。
13世紀のイタリアの聖人、「アッシジのフランチェスコ」の半生記。織物商の息子として何不自由なく育ったフランチェスコ(グラハム・フォークナー)は成人して十字軍に参加するが、惨禍を目の当たりにし、病を得て帰郷すると人が変わったようになる。
そして周囲が狂人扱いする中、彼は俗世を捨て、ボロを身にまとい物乞いをしながら、町外れの廃墟と化した教会の再建に取り組むのだった。
画面が絵画のように美しく、フランチェスコとその仲間達の純真なキャラクターも良かった。そして最後、話をビシッと締めくくるアレック・ギネスの存在感。さすがである。
ただ疑問が一つ。映画それ自体に対してではなく、聖人にまつわるエピソードを聞くと、よく感じることである。
作中フランチェスコは、両親や司教の前で「心の平和を得るため」家を出ると言う。いま勉強中の仏教の入門書によると、この時代から1700年ほど前、釈尊も同じようなことを言って出家したらしい。親は大変である。
苦から逃れるには一切を捨てること、というのは、聖人達が共通して説く教えのようである。それらに触れるたび思うのだが、彼らは、自分が心の平和を得るため親しい人に嘆きをかけるということを、罪とは思わなかったのだろうか。あるいはその罪を背負って、あえて進もうとしていたのだろうか。
陰暦5月25日。
朝、設備屋さん来訪。風呂場の排水の点検。短時間で終わる。
昼、外出。地元のラーメン屋で食事した後、マンションのモデルルーム内覧。午後夕方、各一件。
晩、地元の飲み屋で軽く食事。
分厚く柔らかいチャーシューが、どんと4枚。出てきたときのインパクトはかなりのものだった。味がよく染みていて、美味。スープはやや甘め、しかし後口はさっぱりとした感じ。麺は細め。全体的にも、なかなか旨かった。ともあれ豚好きにはたまらない一品である。
陰暦5月24日。
終日一人。
帰宅後、内装屋さん来訪。窓の採寸など。